|   1954年に北海道深川西高校の生徒で同好会「あゆみ会」のメンバーだった森田科二(もりた・さだじ)は、地元の有力な新聞によるでっち上げ記事に抗議して自殺する。事件を契機に真実を求めて生徒、教師たちが動き出す。やがて事件の真実が白日のもとにあきらかになる。本書は、当時の資料を駆使してその全貌を再現。「あゆみ会」担当教師だった著者が亡くなった森田と現代に送る鎮魂と警世の書。 
      I 深川高校の設立と三島孚滋雄校長の赴任 
        1 統合高校の実態と苦労 
        2 "月給八円、飯(めし)九円(食えん)"の教師生活 
        3 三島校長の学校運営 
        4 多彩な活動の息吹き 
        5 生徒会規約に弾劾規定 
        II あゆみ会事件のプロローグ 
        1 保安大学校受験拒否事件 
        2 「教育二法偏向教育事例事件」 
        3 三島校長の退職離任 
        4 東西分離後の深川西高 
        III あゆみ会の発足と活動 
        1 あゆみ会の発足 
        2 あゆみ会の活動 
        3 あゆみ会と生徒会活動の前進 
        IV あゆみ会事件 
        1 事件の発端 
        2 T校長の不可解な言動と警察の思想調査 
        3 大型台風15号と森田の抗議の死 
        4 森田の葬儀 
        5 私たちはこの困難にどう立ち向かったか 
        6 広がる支援の輪 
        V 新しい局面の展開 
        1 『北海日日新聞』『北海道新聞』の誤報を批判する他紙の出現 
        2 追い込まれて一層、険悪、声高になった『北海日日新聞』、『北海道新聞』の報道 
        3 警察権力の介入とあゆみ会員の動揺 
        4 警察権力の教育介入と学校長の態度 
        5 事件の終結へ 
        6 支援の更なるひろがり 
        VI 事件の終結と教訓 
        1 終結時点 
        2 終結とT校長 
        3 『北海日日新聞』編集局長・横山英志氏の弁明 
        4 「あゆみ会事件」の総括 
        5 明るい活気を取り戻した教師、生徒たち 
        6 さし迫っての課題 
        7 「自由の学園」の実現をめざして 
        8 おわりに 
        あとがき 
        「あゆみ会事件」関係略年表 
       
        
       
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